1928年(昭和3年)陸軍が張作霖爆殺事件(満州某重大事件)を起こす。

2022年6月11日アジア・太平洋戦争

昭和天皇即位大礼(11/10)。天皇、「高御座」で即位の勅語。「国体」とは。
●昭和3年(1928年)11月10日、秋晴れの京都で即位大礼が挙行された。この国家行事の意味するところは、大礼使設置の際の内閣総理大臣の次の訓示にあらわされている。

「我ガ国民ハ国ヲ挙リテ深ク思ヲ建国ノ昔ニ潜メ皇位ノ神聖ナルヲ仰ギ国体ノ尊厳ナルヲ念(おも)ヒ感奮踴躍相率ヒテ忠愛ノ至情ヲ捧ゲ宝祚ノ無窮ヲ禱(いの)リ国運ノ隆昌ヲ祝セントス」

●一方中国大陸では、日本軍は、蔣介石の国民革命軍による「北伐」のさなか、満州の利権確保のため張作霖爆殺事件(6/4)を引き起こす。
(新聞)11/11東京朝日新聞(夕刊)(第1)(出典)「朝日新聞社に見る日本の歩み」1974年朝日新聞社発行

1928年(昭和3年)4月までの田中義一内閣。

政府は第1回男子普通選挙(2/20)を実施するが、3/15には、共産党員および労農党などの関係者1568人を全国で一斉検挙した(3.15事件)。田中内閣の経済政策は、積極財政を展開し金解禁には消極的だった。そして財閥の後押しがあり「金権体質」ともいわれた。しかし日本の為替相場の低迷と日本外債の価格低迷は、巨額な対外債務をかかえ、しかも継続的に外債発行を必要とする日本にとって、金本位制復帰による国際信用の回復は必要不可欠なものであった。

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1928年中国大陸、済南事件(山東省)勃発(5/3)、張作霖爆殺事件(満州某重大事件)発生(6/4)。

田中内閣は対中国強硬外交を推進し、山東出兵、済南事件を起こした。そして6/4陸軍は張作霖爆殺事件(満州某重大事件)を起こす。
日本は、日本の要求に従わなくなった張作霖を排除し東北軍を無力化することで、動乱(北伐)が満州へ波及することを防止することと、一挙に満州を占領することで、軍事力によって日本の権益を保護しようと意図した。

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1928年(昭和3年)11月10日昭和天皇即位大礼。天皇、「高御座」で即位の勅語

11月10日「即位礼」。2263人が参列し午前、「賢所大前の儀」で皇霊に即位を奉告。続いて午後、「紫宸殿の儀」で即位の勅語が出され、内閣総理大臣田中義一が寿詞(よごと)を奉り、その発声で全員が万歳三唱した。

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