1941年(昭和16年)①1/8、陸軍大臣東条英機「戦陣訓」全軍に示達。6/22ドイツ、ソ連に侵攻する。「バルバロッサ作戦」開始。

2022年6月21日第2次世界大戦

1941年昭和16年1/8、陸軍大臣東条英機は「戦陣訓」を全軍に示達。国民道徳「臣民の道」刊行。
1941年(昭和16年)日本軍は、日中戦争の長期化によって、兵士の士気の低下と、軍紀、風紀の乱れを正すため「戦陣訓」を作成した。兵士が準拠すべき道徳訓である。また「臣民の道」は、文部省教学局が戦時下の国民道徳を示したもので、国民学校・中等学校・高等専門学校に配布した。
●日本は3国同盟にソ連を加えた4カ国で、アメリカに対抗しようと夢想した。だが6/22ドイツのソ連侵攻でその目論見は崩れ去った。ついに日本はアメリカ・イギリスと戦争する道を選択する。世界大戦がはじまる。
●このページ①では、6/22の独ソ戦開始までの半年間を記述した。
(上写真・部分)ハワイ・ヒッカム飛行場上空を飛ぶ九七艦攻(出典)「写真・太平洋戦争第1巻」編者 雑誌「丸」編集部 光文社1988年刊

★1941年昭和16年1/8、陸軍大臣東条英機「戦陣訓」を全軍に示達。国民道徳「臣民の道」刊行。

ここでは、「戦陣訓」は全文を、「臣民の道」は序言だけを引用した。この「臣民の道」は、天皇を頂点に置く全体主義国家が、今までの欧米による秩序ではなく「新秩序建設」の名のもとに、「個人主義」「自由主義」「民主主義」を圧殺しようとした大日本帝国の論理である。

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★1941年昭和16年、窮乏化する国民生活と封殺される言論・思想統制。

1941年昭和16年4/1、国家総動員法に基づく「生活必需物資統制令」が公布施行された。これにより、生活必需物資の生産・配給・消費・価格などを統制できるようになった。言論・思想統制では昭和16年1/11、「新聞紙等掲載制限令」によって、国家にとって都合の悪いことは全て掲載禁止とされた。政府と軍部は、12月の日米英開戦の前に、言論統制(弾圧)の体制を固めていったのである。

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国内政治と社会年表。1941年(昭和16年)頃。

第2次近衛内閣の松岡外相は、日ソ中立条約の締結に奔走した。だが独ソ戦が始まると対ソ参戦を強硬に主張して近衛らと対立した。また松岡外相は日米交渉に反対し、その強硬意見のため、ハル国務長官は松岡外相を非難するほどであった。近衛内閣としては、日米交渉の妥結に期待もかけていたのである。そして7/16近衛内閣は総辞職し、第3次近衛内閣が成立した。松岡外相を排除し日米交渉を進展させようとしたのである。
ここでは、『昭和2万日の全記録』講談社を中心に要約引用し、朝日新聞の紙面紹介を行った。

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1941年6/22独ソ戦始まる。ドイツ、ソビエトに侵攻開始(宣戦布告なし)国内政治と社会年表。

1941年6/22ドイツ、ソ連に侵攻する。ドイツ軍「バルバロッサ作戦」開始。。日本はその2ヶ月前、日ソ中立条約を結ぶ。6/22松岡外相は即時対ソ参戦を主張。7/7大本営、関東軍特殊演習「関特演」のための第1次動員下命。これは対ソ戦を目的とした陸軍始まって以来の大動員だった。

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第2次世界大戦

Posted by hhks